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zoom RSS CASSHERN DVD感想

<<   作成日時 : 2007/07/09 21:56   >>

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Gvある日は何か別のことをしようと思って日曜日にCASSHERNのDVDを見ました。
きょうはその感想を書こうと思っている南の中の人です(前振りなげぇよ)
本編は1枚で済んだけどおまけがいっぱいありすぎて全部見れてないんだけどね!
オーディオコメンタリも途中までしか見てないや…。




まず、全体的な感想。
生きることと死ぬことって何だろう。
人が生きるためにしなければならないことって何だろう。
生きる権利って何だろう。
人はなんのために生きているんだろう。
全体のテーマはこんな感じかな、と思った。
台詞の一つ一つがすごく重くて考えさせられた。
コメンタリを途中まで見たんですが、コメンタリでのネタバレというか製作側の意図というか、衣装一つ取ってもすごいこだわってるな、って。深かった。





本記事のメイン、台詞に対する感想。
これが書きたかったんだよ!

「死んではいけません。死んではいけません。生きて」
ミドリの台詞。余命いくばくもないミドリだからその言葉の重さがわかる。ブライキング・ボスはこの台詞を聞いてミドリを自分の中で神聖化したのかな、と思った。だって新造人間は生れ落ちてすぐに虐殺されてしまったから。自分達を生み出したはずの人間の手によって。だからこそ人間であるミドリのこの台詞はブライキング・ボス達生き残った新造人間にとってとても大切な言葉だったのかもしれない。
この台詞の前にミドリは息子である鉄也が死んだことを聞かされている。魂になった鉄也と会話もした。もしかしたら、鉄也と重ねてしまったのかもしれないけれど。でも、やっぱり、悲しくて重い台詞だと思う。

「お前は戦争がどんなものか知らない」
これは東博士と鉄也の台詞。東博士は出征前の鉄也に、鉄也は哀しみに囚われて武器を取ればこの気持ちは消えるのかと言う恋人のルナに。どちらも戦争で失ったものを知っているからこそ言える台詞だと思う。
戦争って、何なんだろう。何のために戦うんだろう、争うんだろう。大切なものを失くしてしまうかもしれないのに。大切なものをこの手で傷つけてしまうかもしれないのに。

「人間が人間でないものにどんなことをするのか」
鉄也の台詞。ルナに逃げろって言う時の台詞。人間は人間じゃないものに対してとても冷血だと思う。残酷で惨い仕打ちをしても平気な顔をして笑っていられる生き物だと思う。人間の姿をした新造人間を人間は皆殺しにしようとした。人間でなくなってしまった鉄也に子供達は石を投げた。とてもシュール。人間は人間でないものに何処まで酷いことをすれば気が済むんだろう。人間にそんな権利ってあるんだろうか?

「あなたたちから全てを奪った者の一人です」
「お前にこの街が救えるか?」

鉄也と老医師の会話。生前の鉄也が虐殺に参加した街に生まれ育った老医師。後になってわかるんだけど、鉄也が怯える仲間の兵隊の代わりに殺したのはブライキングの奥さんだったんだよね。老医師の子供と婚約者?も殺されます。そしてその二人はバラシンとサグレーとして蘇るのだけど。
鉄也は死んでも良いと思ってたのかもしれない。それは償いにはならないけれど、仇をとったという満足は得られるのかもしれない。そう思ってたのかもしれない。でも、老医師は違った。街を救えるか、と問うた。憎しみは憎しみしか生まない、って悟ってたんだと思う。だからこの会話はものすごく印象に残った。老医師にしたって憎しみを昇華できているわけではないと思う。でも、その憎しみを鉄也に向ければ、次は鉄也のための憎しみが生まれるんだと理解しているから。そんな気がする。

「我々の真の敵がいかなるものであるのか。我らが今立ち向かうべき敵がなんであるのか」
総帥の台詞。TV演説なんだけど、この演説の最中にルナが攫われたり、一度ルナにかばってもらったアクボーンがそれを助けたり、バラシンと鉄也が戦ったりする。演出が上手いなぁと思った。突き詰めれば人間は人間が最大の敵なんだと思うんだけど、この演出はそれをとても上手く表現していると思った。人間によって多くの人間が殺され、人間が殺そうとした新造人間がたった一度恩を受けた人間を命を賭けて助けようとする、なんて。
この演説中に総帥の母親がテロリストによって命を落としたことがわかるんだけど、総帥もとても可哀想な人なんだよね。とてもまっすぐに自分の信念を貫こうとしているのはわかる。わかるけれどそのために払った犠牲の大きさに気付けないでいる。父である将軍に歯向かってクーデターを起こし国を乗っ取った敵の親玉みたいな人だけど、最後には父からも切り捨てられてしまう。でも、将軍は将軍のやり方で国を治めているのだし、そのために身内を切り捨てる覚悟があるのはすごいと思う。コメンタリでは将軍は若い世代から吸い取る人だって言われてたけど、私は少し違う印象。将軍だって人間だし、いつかは死んでしまう。その時にもっと良い状態で国を残していけるように頑張ってたんじゃないかな?国を渡したかった子供は切り捨てるしかなかったけれど。それを考えると、将軍も可哀想だと思う。

「許すよ。俺は許すよ。だってもう、痛くないから」
バラシンの最後の言葉。コメンタリで言われてる解釈はどうでもよくなったから許す、というもの。私はちょっと違う気がする。バラシンは生前の恋人だったサグレーが新造人間として蘇った後鉄也によって殺されてしまい、それに対する憎しみをずっと抱えていたわけで。それを見ていたアクボーンが鉄也がサグレーを殺したって教えて二人が戦い始めるんだけど、その時点でのバラシンはきっと何も許せなかったんだと思う。サグレーが死んだことも、自分が戦っていることも、サグレーを殺した鉄也も、それを見ているだけだったアクボーンも、新造人間として蘇ったことも、何もかも全部。だけど、死の間際木の下で待ってるミドリのイメージを見ちゃうわけですよ。ただ一人、疎まれ殺されかけていた自分達に『死んではいけません』って言ってくれた『人間』がミドリ。きっとサグレーもミドリのところでバラシンを待ってるから。なんていうか、死の間際に悟ったと言うか、そういう表現の方が良いと思う。生きていることも死んでいることもどうでもいい、というわけではなくて。うーん、感覚的なものを表現するのは難しいなぁ…。

「命というものがたった一つではないのなら我々は何のために必死に生きているのですか」
これも総帥の言葉。新造細胞のプールに飛び込めば助かる、と串刺し状態の内藤の台詞に反応した総帥が偶然飛んでいた蝶を握りつぶして粉々にしてプールに落とす。すると蝶が蘇ってひらひら飛んでいく。その時に東博士に向かって言うのがこの台詞。新造細胞のプールに突っ込めば死体も蘇るっていうんならなんのために今必死に生きているんだと。なんのために生きる必要があるんだと。たった一つの命だと思えばこそ、人は生きるのに必死になる。他者の犠牲をも厭わなくなる。でも、もし命が一つではないとしたら?例え死んでも蘇ることが出来るのだとしたら?必死になって生きることになんの意味があるというのか。生きている意味が何処にあるというのか。深いなぁ…総帥の言葉は痛々しくて深い言葉が多い。
このシーンは生きることに執着し、身内を売ることをも厭わなかった内藤の演技がすごく良かったと思う。内藤役のミッチーの演技にマジで感動しました。

「お前にとって善とは何だ、悪とは何なのだ」
ブライキングの鉄也に対する台詞。おそらくこれは全人類に対する答えのない命題のようなものだと思う。すごく深い、でも答えは多分誰にも見つけられない。誰の答えも異なるものにしかならない。

「誰か一人が正しいわけではない、誰か一人が間違っているわけではない」
ミドリから鉄也への言葉。一個前のブライキングの台詞にもかかると思うんだけれど、誰か一人が正しくて誰か一人が間違っているわけではなくて、皆正しくて皆間違ってるんだと思う。一人一人にとっては正しいことと間違っていることなんだけど、別の視点から見ればそれは間違っているかもしれなくて、正しいことなのかもしれない。だから、お互いに許しあわないといけないんだろうな、って。多分今の日本にはこれがわからないお子様がいっぱいいるんだと思う。

「その大義の為ならば愛する者が死んでも良いと言うのか」
東博士から鉄也への台詞。東博士の中での善というか、全てはミドリへの愛が土台だったわけで。余命いくばくもないミドリを健康な身体にするために新造細胞の研究をしていたんだから、それはそれでとてもすごいことなんだと思う。たった一人のためだけに、鉄也との親子の情を断ち切ってしまったとしたら、哀しいけれどすごいとも思う。だから、間違ってるんじゃないんだと思うんだ、博士の生き方も。愛し方も。
博士は博士なりに鉄也のことも愛してたと思う。戦争へやりたくなくて、ルナを置いていくのかとか仄めかしたりお前は戦争を知らないと厳しいことを言ったり。新造細胞のプールの中に鉄也を突っ込んだ後も、蘇った息子を自分の手元に置くのではなく親友の上月博士に託したり。すごく不器用な人なんだろうな、と思った。愛し方を知らない人なんだろう、って。




役者さん達の演技もどれを取ってもすごかったんですが、個人的に一番すごいと思ったのはアクボーン役の宮迫氏。あんたほんとに芸人?と思うくらいすごかった。言葉を紡げないアクボーンだけど、目で、表情で、仕草で、全部語ってる。なんかもう鳥肌立つくらいすごかった。コメンタリで言われてたようになんだかギャグっぽい表情とかもあるんだけど、アクボーンというキャラには何かとても純粋な子供のようなイメージがあったのでどれもしっくりきてギャグって感じがしなかったし。宮迫氏の演技は本当に上手いなぁ、と改めて思いました。宮迫氏の演技でアクボーンが大好きになりました。有難う、本当に有難う。
次はちらっと書いたけど内藤役のミッチー。特に死ぬ間際のシーン。死にたくない、もう引き返せない、っていう気迫というかなんというか。それまですごい嫌な奴だと思っていた内藤が可哀想になりましたし。
局所的な演技で好きなのはバラシンが死ぬ間際のバラシン役要氏の演技ですね。ああいう静かな台詞が似合うなぁ。あとは老医師。バラシンの死体を見つけてそっと頬を撫でるシーンで思わず号泣。その時の表情がまたなんとも言えないんですよ。

ぶっちゃけ、最後の回想シーンめいた一連のシーンがすごい泣けたです。
エンドテロップの間中泣いてたね。



とりあえず、酒場の皆にもおすすめしてみる。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
いつもROMしてたくまがやってきましたy

詳細レポ乙でした。
レンタルを探してみたけどなかった><
くまちゅう
2007/07/20 00:45

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